シコルスキー S-62

 

TV番組「プロジェクトX」第1回目の放送で、富士山山頂にレーダードームのフレームを運び、TVの前のおっさんを感動の渦に巻き込んだのは紛れもなくこの機体である。

この機体の出生は「コレを売り出してやろう!」と思って作ったモノではなく、H-3、つまりS-61を製作するにあたり、性能評価・実験用として作られたS-61のミニチュア機である。

ところが、これが作ってみたら意外にも性能が良く、また艇体構造を有して水陸両用だったためにコレの市場があるということになり、S-62も量産されることになったのである。

とりあえず言うと、コレが市場に出たのはやっぱり時代のなせるワザといったところか。性能が良かった、というのは実は「他に比肩する性能を有する機体がなかった」が正解であり、民間の物資輸送業務においてはそのしばらく後にあっという間にベル204に席巻されてしまったところからも明白である。

実際のところ、この機体はそもそも実験機であったが故に信頼性が低く、また整備性もイマイチで無駄も多く、使い勝手は悪かったらしい。

だいいち、この機体の元となったS-54/55の信頼性が低かった。異常振動等のトラブルでかなりの機体が失われたらしい。ちなみにこのS-55はH-19の名で陸上自衛隊で使用され、これは所沢の博物館で見ることが出来るが、おそらく日本ではこの例しかないであろう落下傘によるヘリからの緊急脱出が敢行されている。

ところで、冒頭に記したプロジェクトXの回に登場の朝日のS-62も、レドーム輸送のそれ以前に実に2度のエンジンフレームアウト→不時着を経験している。

余談になるが、アクチュアルでのオートローテーションは非常に難しい。飛行場なんかでタイミングを合わせて行ってやっと安全に出来るレベルである。コレを2回も、しかも場外で安全に成功させたのは、ひとえに操縦士の神田氏の資質のなせる技としか言いようがない。

事実、この機体はこのレドーム輸送の後にはアフリカかどっかの国に転売され、そして速やかに失われてしまったというのだから、全く持って当然の結末と言えよう。

ところで、この機体は「艇体構造をしている」という点がミソで、併せて手頃な大きさであったため、各国軍隊、官公庁で救難機として重用された。日本でも海上・航空自衛隊、海上保安庁で相当数が使用されたので、博物館等を回れば目にするのはたやすい(現役機は無し)。特に成田の博物館では中にも入れるためにじっくり見ることが出来る。ただし哀しいことに風雨に野ざらしであるため、見ておくなら今のウチといった感じだが(失笑)

まあ、なんといってもこの機体の美点はこの独特のフォルムにある。
まんまダッシュ2(H-3)のデフォルメ版であり、ヘリコプターファン、特に海上自衛隊機萌えには思わず「か・・かわええ・・・(はぁと)」と悦にはいること間違いなし。子供受けするキュートなデザインの割にはヘリというジャンルのためか、ちっとも注目されないのはMun@ge的には実に嘆かわしいことである。